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前編は以下のとおり
英語の新任女性教師と
時系列を外した話を書いてみる。
翌3年(中3)のクラスのなのだが、去年同窓会があった。
男女はあまり打ち解けた感じではなにならず、
男たちも既婚組と独身組に別れていて、俺はその境目にいた。
既婚だが子供がなく、どちらかというと独身組に近いような気もした。
3年になって、あの女教師が担当する授業は誰も受けていないのでは?
とも思うのだが、これは受験生に経験の浅い教師はちょっと…
という配慮だったのかもしれない。
そういうわけで十数年前の思い出ネタとして上がって来ないのでは?
と思っていたが、きっかけは聞き逃したが、何人もの教師の名前が次々に出て、
有名人で誰に似てるという話になっていて、
俺のすぐ近くにいたやつが女英語教師に関して
タカナシリンという女優に似てたな、と語りだした。
当時の俺には音を拾うだけも少し怪しい名前だったが、
この春から半ば強制的に嫁と一緒に見させられた朝ドラで
高梨臨として認識するにいたる。
俺としては鶴田真由のほうが似てると思うのだが、
これは同窓会の席でも明かしていない。 どちらも鼻の感じがとても似ている。
話を戻す…
大人である臨先生は携帯を持っていたのだろうが、
俺は持たせてもらってはいなかった。 世紀末の微妙な時代だった。
なので夏休みに入ってしまったら、アクセスはもうどうすることもできない。
あれって夢だったのかな、とまで思い始めていて、
夏休み中の最初の登校日も担任をしているわけでもない教師が
出勤しているはずもなく、何事もなく終わると思われた。
もう自宅マンションのエントランスは目の前…ってタイミングで
臨先生に背後から声を掛けられた。
手ぶらに近い格好だったのでそのまま先生についていった。
暑かった印象は残っていないが、かなりの距離を歩いたと思う。
着いたのは、大きな鉄の外階段のある、刑事ドラマなら犯人が
愛人に匿われているような、まさに絵にかいたようなボロアパートだった。
臨先生は少しヒールのある靴で、その鉄階段をガンガン上っていく。
正直言うと、少しの恐れがあった。
俺のそれまでの淫靡な体験はいつも主導権を握る形で進んでいた。
それがこの日は違う。 隣室のものなのか三輪車が廊下を塞いでいて、
先生はそれをよけ、俺はまたいだ。
臨先生は大人の体を持っていたが、身長は俺よりかなり低かった。
ドアを入って下足スペースに俺がとどまったせいで、
後手にドアを閉めた臨先生と俺とがギュウギュウ詰めになってしまった。
まともにキスをしたのはその時が初めてだったかな、と思う。
真似ごとは幼い頃から何度も試したが、どうしてもチョケてしまって、
いつもおふざけに終わっていた気がする。
臨先生に薄い夏服ズボンの上から勃起しているかを確かめられて、
あれよあれよとよろめくうちに、二間を抜けてベランダから外へ出るのかと
思ったら、強引に建て増したような浴室の扉の前だった。
脱衣場みたいな気の利いたものはなくて、普通に六畳間の和室で
裸にならなければいけなかった。
トランクスと先端の間が糸を引いていて、冷たくもあって
それが異様に恥ずかしかったが、 浴室に入ったら入ったで、
給湯装置の勝手がさっぱり解らない。
結局、臨先生の手を借りる羽目になって、そこでまた股間をガン見された。
もう半ば開き直っていたし、包茎ということもなかったので、
しゃぶりたければしゃぶれよ、みたいに大人ぶったノリで
少し腰を振ったような気もする。
浴槽に湯は張られていなかったが、どういう仕掛けか
シャワーからは温かい湯がどんどん出てきた。
どのタイミングで出ていけばいいのかと思案しているうちに
先生がどこを隠すわけでもなくスタスタと入ってきて、
それは遠慮のないまるで姉貴(実際にはいないから知らないが) のように思えた。
水着の痕などはなかったが、普段隠されている部分はそれなりに白い。
乳首が跳箱みたいな形だったのをなぜか鮮明に覚えている。
すり抜けるように浴室から出た俺は局部の部分が少し濡れてるトランクスを
再び穿く気分にもならず、パイプベッドへ腰にタオルを巻いた状態で座った。
その先はありきたりで平凡。 フェラで瞬殺抜きされた。
フェラっていうのがそもそも初体験で、幼馴染がどこから知識入れてきたのか、
何度かしてあげると言ってきたのをいつも拒んでいて…
拒んだ理由は何だろう?
なんというか、イク瞬間の男として一番弱い顔を見られるのが嫌だった
のかもしれないが、女ってその顔を実は見たくてしようがないってことは
後になって知った…。
とりとめがなくなったのでいったん切るが、
手を添えられて導かれるままに正常位で合体できた。
避妊はしていなかった。
中に出すなと命じられたとしても無理だったろうけれど、
腰を掴まれてピストンに誘導されてすぐに射精してしまった。
事前のフェラ抜きも効果なし?
射精の後、正直言うと早く抜きたかったのだが、それは許されなかった。
かと言ってキスを求められるわけでもなく、俺は腕立て伏せ対決の
用意スタートを待つ姿勢で かなりの間維持させられた。
ようやく先生のほうからベッドをにじり上がって抜かせてもらった後は、
箱ままのティッシュを渡されて、後は以後の何回かと記憶がごちゃ混ぜに
なって違いを明確にはできない。
その夏は少なくともあと一回は中に出したので、
安全日とかそういう避妊法でもなかったのだろう。
きしむベッドは、俺が何度も+ドライバーを持ち込んで締め直したけれど、
その回数以上の頻度で緩んで、臨先生の淫らさを際立たせた。
当時の俺は相手を妊娠させるかも、どころかデメリットを思うことなく
誘われるままに出かけていた。
ボロアパートには先生が社長令嬢だと匂わせるものは何もなかった。
けれども、年が明けてすぐに引っ越した先のマンションは分不相応に思えた。
卒業と同時に関係はフェードアウトした。
英語の新任女性教師と
時系列を外した話を書いてみる。
翌3年(中3)のクラスのなのだが、去年同窓会があった。
男女はあまり打ち解けた感じではなにならず、
男たちも既婚組と独身組に別れていて、俺はその境目にいた。
既婚だが子供がなく、どちらかというと独身組に近いような気もした。
3年になって、あの女教師が担当する授業は誰も受けていないのでは?
とも思うのだが、これは受験生に経験の浅い教師はちょっと…
という配慮だったのかもしれない。
そういうわけで十数年前の思い出ネタとして上がって来ないのでは?
と思っていたが、きっかけは聞き逃したが、何人もの教師の名前が次々に出て、
有名人で誰に似てるという話になっていて、
俺のすぐ近くにいたやつが女英語教師に関して
タカナシリンという女優に似てたな、と語りだした。
当時の俺には音を拾うだけも少し怪しい名前だったが、
この春から半ば強制的に嫁と一緒に見させられた朝ドラで
高梨臨として認識するにいたる。
俺としては鶴田真由のほうが似てると思うのだが、
これは同窓会の席でも明かしていない。 どちらも鼻の感じがとても似ている。
話を戻す…
大人である臨先生は携帯を持っていたのだろうが、
俺は持たせてもらってはいなかった。 世紀末の微妙な時代だった。
なので夏休みに入ってしまったら、アクセスはもうどうすることもできない。
あれって夢だったのかな、とまで思い始めていて、
夏休み中の最初の登校日も担任をしているわけでもない教師が
出勤しているはずもなく、何事もなく終わると思われた。
もう自宅マンションのエントランスは目の前…ってタイミングで
臨先生に背後から声を掛けられた。
手ぶらに近い格好だったのでそのまま先生についていった。
暑かった印象は残っていないが、かなりの距離を歩いたと思う。
着いたのは、大きな鉄の外階段のある、刑事ドラマなら犯人が
愛人に匿われているような、まさに絵にかいたようなボロアパートだった。
臨先生は少しヒールのある靴で、その鉄階段をガンガン上っていく。
正直言うと、少しの恐れがあった。
俺のそれまでの淫靡な体験はいつも主導権を握る形で進んでいた。
それがこの日は違う。 隣室のものなのか三輪車が廊下を塞いでいて、
先生はそれをよけ、俺はまたいだ。
臨先生は大人の体を持っていたが、身長は俺よりかなり低かった。
ドアを入って下足スペースに俺がとどまったせいで、
後手にドアを閉めた臨先生と俺とがギュウギュウ詰めになってしまった。
まともにキスをしたのはその時が初めてだったかな、と思う。
真似ごとは幼い頃から何度も試したが、どうしてもチョケてしまって、
いつもおふざけに終わっていた気がする。
臨先生に薄い夏服ズボンの上から勃起しているかを確かめられて、
あれよあれよとよろめくうちに、二間を抜けてベランダから外へ出るのかと
思ったら、強引に建て増したような浴室の扉の前だった。
脱衣場みたいな気の利いたものはなくて、普通に六畳間の和室で
裸にならなければいけなかった。
トランクスと先端の間が糸を引いていて、冷たくもあって
それが異様に恥ずかしかったが、 浴室に入ったら入ったで、
給湯装置の勝手がさっぱり解らない。
結局、臨先生の手を借りる羽目になって、そこでまた股間をガン見された。
もう半ば開き直っていたし、包茎ということもなかったので、
しゃぶりたければしゃぶれよ、みたいに大人ぶったノリで
少し腰を振ったような気もする。
浴槽に湯は張られていなかったが、どういう仕掛けか
シャワーからは温かい湯がどんどん出てきた。
どのタイミングで出ていけばいいのかと思案しているうちに
先生がどこを隠すわけでもなくスタスタと入ってきて、
それは遠慮のないまるで姉貴(実際にはいないから知らないが) のように思えた。
水着の痕などはなかったが、普段隠されている部分はそれなりに白い。
乳首が跳箱みたいな形だったのをなぜか鮮明に覚えている。
すり抜けるように浴室から出た俺は局部の部分が少し濡れてるトランクスを
再び穿く気分にもならず、パイプベッドへ腰にタオルを巻いた状態で座った。
その先はありきたりで平凡。 フェラで瞬殺抜きされた。
フェラっていうのがそもそも初体験で、幼馴染がどこから知識入れてきたのか、
何度かしてあげると言ってきたのをいつも拒んでいて…
拒んだ理由は何だろう?
なんというか、イク瞬間の男として一番弱い顔を見られるのが嫌だった
のかもしれないが、女ってその顔を実は見たくてしようがないってことは
後になって知った…。
とりとめがなくなったのでいったん切るが、
手を添えられて導かれるままに正常位で合体できた。
避妊はしていなかった。
中に出すなと命じられたとしても無理だったろうけれど、
腰を掴まれてピストンに誘導されてすぐに射精してしまった。
事前のフェラ抜きも効果なし?
射精の後、正直言うと早く抜きたかったのだが、それは許されなかった。
かと言ってキスを求められるわけでもなく、俺は腕立て伏せ対決の
用意スタートを待つ姿勢で かなりの間維持させられた。
ようやく先生のほうからベッドをにじり上がって抜かせてもらった後は、
箱ままのティッシュを渡されて、後は以後の何回かと記憶がごちゃ混ぜに
なって違いを明確にはできない。
その夏は少なくともあと一回は中に出したので、
安全日とかそういう避妊法でもなかったのだろう。
きしむベッドは、俺が何度も+ドライバーを持ち込んで締め直したけれど、
その回数以上の頻度で緩んで、臨先生の淫らさを際立たせた。
当時の俺は相手を妊娠させるかも、どころかデメリットを思うことなく
誘われるままに出かけていた。
ボロアパートには先生が社長令嬢だと匂わせるものは何もなかった。
けれども、年が明けてすぐに引っ越した先のマンションは分不相応に思えた。
卒業と同時に関係はフェードアウトした。