H体験談。。姉妹丼、嫁と義妹と3P 続編

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前編は以下のとおり
姉妹丼、嫁と義妹と3P

俺は嫁から嫁自身がレズだと告白されていて、それを承知で結婚したのだが、義母と義妹の事までは一切聞いておらず完全に面を食らった。

しかし、話に同席していた嫁が涙を浮かべていた事もあり、俺はそのまま話しを聞いた。

そして告白の意図は、次女である義妹に身近で年の近い男性として触れ合って、義妹の男嫌いを解消してやって欲しいという事だった。

俺も承諾して、義母と嫁の希望を黙って受け入れる事とした。

帰りの電車内で嫁と話し、今後は嫁が義妹と俺に隠れて日中逢うのではなく俺の帰宅後や週末の在宅中にも義妹を呼ぶ様にする事と決めて、以降はその様にする事となった。

最初のうちは一緒に食事をしたり3人で出かけたりするだけで、普通に良い感じの姉夫婦と妹の関係で最初はよそよそしい態度だっただった義妹が、俺には心を開いてきてくれていて成果は明らかになってきていた。

急な残業で帰宅が遅れた結婚2年目の金曜日、アパートの玄関扉を開けた際に素っ裸の嫁と義妹を目の前にした事で、俺の中の理性が脆くも崩れ去った。

愛しい嫁とそれに瓜二つの若い女が絡み合っていたのを中断して、二人で俺の顔色を伺っていた。俺は気にせず続けて良いよと言いながら、とりあえず風呂場に逃げ、風呂場でこっそりとオナニーした。

俺が普段より長めの風呂から上がると、嫁と義妹は服を着て正座していて、俺が部屋に入ると同時に二人が頭を下げた。

俺は涙目となっていた嫁と義妹が居たたまれなくなり、「好きなんだから仕方ないよ。お義母さんから聞いているし。俺に隠れずに付き合って構わないから。」と言った。

その辺の事情までわかっていた嫁は安堵してくれた様で顔色が晴れてくれたが、肝心の義妹は相変わらず浮かない様子だったので、

嫁に晩飯の支度をさせ、その間にテレビを見て義妹をリラックスさせるのに努めながら、「今夜は遅いから泊まっていきなよ。俺は邪魔立てしないから」と言った。義妹は黙って頷いた。

晩飯を3人で食べ、嫁が風呂に入り、その後入れ替わりで義妹が風呂に入っている際、嫁が真剣な眼差しで俺を見つめたので、俺も嫁と眼差しを合わせ、許すつもりで顔を少し崩して黙って頷いた。

嫁が深いため息を吐いた後、破顔しながら頭を下げたので、俺は嫁の手を黙って握った。その日の晩は嫁が部屋の真ん中で寝て、俺が嫁の左側、義妹が嫁の右側で寝た。

床に入って30分も経たないうちに嫁が行動を起こし、義妹に愛撫をし始めた。俺はとりあえず勃起しながら狸寝入りを決め込んだ。

10分も経たないうちに嫁がうっすらと喘ぎ声を上げ始めた。義妹が嫁に応じているのがわかった。

それが5分程度続いた後、嫁が俺の股ぐらに左手を忍ばせてきて、嫁の宝物の状態をチェックした。

すると嫁は、開き直った様に義妹に覆い被さり、義妹と舌を絡め始め、義妹もそれに応じて嫁の行為を受け入れていた。

そして嫁が小声で「いいね?」と言った。俺は意味が解らず俺に向けて話しかけたのかも知れないと思い、思わずこっそりと薄目で右を見た所、義妹がゆっくり頷いていた。

そこでようやく俺の出番となった。嫁に促されて義妹が真ん中の布団の上に来て、間髪入れずに義妹自ら俺に体を寄せて両手を腰に回してきた。

晩飯前後の頃の少し怯え気味の義妹とは違い、艶めかしいエロスを感じる女がそこにいた。俺もたぬき寝入りを止め、目を開き義妹と目線を合わせ、体を右に向け、左手を義妹の腰に当てた。

俺が腰に触った瞬間、義妹はヒクッとこわばらせたので、俺は義妹が処女である事を確信したが、俺は躊躇せずに愛撫に持ち込み、普段嫁にしている事と同様に体を寄せてやがて舌を絡め始めた。

普段と違うのは、相手が嫁ではなく義妹である事と、嫁が義妹の背後から俺の手の動きに合わせて俺と被らない部分を絶えず愛撫し続けた事だった。

俺が義妹と舌を絡めていた時点では嫁は義妹をクンニしていた。

嫁がクンニを止めたのを合図に、俺は義妹と舌を絡めるのを止めて体を起こし、義妹に挿入すべく嫁から手渡されたコンドームをささっと付けた。

そして俺は右手で義妹をまさぐり義妹が十分に濡れているのを確認し、義妹にゆっくりと挿入した。

処女とはいえ、レズ行為は散々した女なのであまり痛がる事はないと思っていたが、予想に反して結構痛がったので、恐怖心を抱かせる事を避ける為に本当に慎重に腰を振りつつ、嫁と共に義妹に入念に愛撫を行った。

それでも痛がるので、体位を変えて騎乗位で義妹に任せる事とした。

騎乗位では義妹もあまり痛がる事なく問題無く行え、俺の上で一人で腰を振る事しか出来ない義妹をサポートする形で、嫁が絶えず俺と義妹を刺激し続けてくれたお陰で、俺と義妹がスムーズになってきた。

俺も目の前に二人の愛しい女に囲まれている満足感から、普段はあまり好まない騎乗位でも気持ちよく逝く事が出来た。

その日は結局、明け方を過ぎて朝の7時近くまで延々と3人で入れ替わり立ち替わり愛し合った。

俺はナニが復活するインターバルを挟みながら、嫁の中で1回、義妹の中で3回ほど果てた。

その日以降、義妹が大学を卒業するまでの4年間は実質的に3人で同棲していたのと同様の状態だった。俺にとっては完全にハーレムだった時代だ。

本当は義妹が俺以外の男とも付き合ってくれた方が良いとは思っていながらも、義妹は他に男を作らなかった。そんな事もあって俺は結果的に義妹を便利な女としてしまった。

義妹が就職し、実家から近い調剤薬局で勤め始めた事でハーレムは終わりを告げたが、嫁が上の子を妊娠するまでの約1年間は、最低でも毎月1度は3人で愛し合った。

そして嫁の妊娠中は常に義妹と交わった。

嫁に浮気の心配をかけさせたくない意図もあっただけではなく、姉の懐妊を知った義妹も進んで代理役を買って出てくれた事と、嫁の承諾もあった事もあり、

休みの度に俺が嫁の実家近くまで出向き、嫁が出産を終えるまでの間は俺と義妹の二人だけで愛し合う事も多々あって、義妹はこの時点では少なくとも俺に対しては男嫌いな面を見せる事は一切なくなっていた。

上の子を初めて嫁の実家に連れて行った日、義母から義妹に見合い話が入っている事を聞かされた事で、俺と嫁は義妹の今後を思い、義妹との下半身の関係を絶つ事を決めたが、

義妹が見合いを蹴り続け、それ以降もたまに付き合い出した男が出来ても深い関係になる前に別れてしまう事を繰り返してしまい、結局、義妹が俺と嫁の元に返ってきてしまう事を繰り返す様になってしまった。

俺も嫁も流石に罪悪感も感じて、俺の友人や俺の従弟等を紹介して関係を必死で取り持ったが、誰とも長続きする事がなく、結局現在に至っている。

現在はうちの上の子が思春期で敏感な年頃なので、俺も嫁も義妹の想いを受け入れる事が出来ない状況だが、下の子が思春期を過ぎても義妹がまだ結婚しなかった場合は、俺と嫁が責任を取って義妹を受け入れて、一生3人で暮らす事にしている。
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